できないことは、できないからいい

つくづく私はマルチタスクが苦手だ。

 

コンロは3口あるが、同時に2つ以上の鍋を加熱していると、だいたいどれかの存在を忘れて焦がすか吹きこぼす。

電車に乗るといつの間にか考え事を始めてしまい、気づいたらだいたい降りる駅を過ぎている。

時間を確認しようとスマホを取り出したのに、通知を目にするとそれだけ確認して画面を閉じてしまい、後で思い出してまた開く。

「あれ、何しようと思ったんだっけ…」と毎日たぶん5回以上は呟いている。

 

よくこれで会社員をやっているなと自分で思うし、仕事中もよくヒヤヒヤしている。

段取り良く仕事をこなしていくのは好きだが、途中で色々と抜けがちなのだ。

もう少しだけ脳のキャパシティが大きくあってくれたら便利なのに、とは思う。

 

ただ「できない」ということはひとつの長所だと感じている。

なんでもできてしまう人は「可愛げがない」と言われるが

(そういう人はおそらく、できないことに気づいていないか認めていないだけだと思う)、

「可愛げ」とは「できないこと」なのである。

できないことを認めてしまえば、失敗するたびに馬鹿な自分を愛しく思える。

 

そして、私のように「複数のことが同時にできない」ということは、逆に言えば「ひとつに集中することに向いている」ということだ。

向いていることをすべき、とも思わないけれど、自分の得意不得意を認めておけば人生はだいぶ生きやすいと思う。

私の場合は、無理に複数のことをすると自分に負荷がかかりすぎてしんどいので、なるべくそういう場面を減らしている。

ひとつひとつをゆっくり味わうほうが好きだし、幸せを感じられるのだ。

 

自分の得意なことを人は探しがちだけれど、自分の「できないこと」を見つけて認めてみるというのも、とても有効だと思う。

「できること」より「できないこと」のほうが往々にして身近にある。

「なにもできない」と自分を責める前に、自分の可愛い「できないこと」を積極的に認めてみると、以外と人生はシンプルかもしれない。